どこが神様が建てられた救いのシオンか

どこが神様が建てられた救いのシオンか

シオンとは神様が建てられる救いの場所です。

神様はシオンにおられ、シオンの民を救われると言われました。

主はシオンを選び そこに住むことを定められました。 「これは永遠にわたしの憩いの地。 ここに住むことをわたしは定める。
詩編132章13‭~‬14節

… シオンで、主は布告された 祝福と、とこしえの命を。
詩編133章3節

このようにシオンはとても祝福された場所です。

そのため多くの教会がシオンという名称を使っていますが、果たしてシオンと名付ければ、すべての教会がシオン(神様が建てられる救いの教会)になるのでしょうか。

シオンとは具体的にどこを指すのでしょうか。

 

シオンを通して見られるダビデの行跡とイエス様の御業

聖書には2つのシオンが存在します。

一つは今のパレスチナ地域にある、ダビデが建てたシオン。
もう一つはイエス様が建てられた、魂の救いの場所である霊的シオンです。

実は、ダビデとイエス様には密接な関係があるのです。

ダビデに関する預言を見てみましょう。

わたしの僕ダビデは彼らの王となり、一人の牧者が彼らすべての牧者となる。彼らはわたしの裁きに従って歩み、わたしの掟を守り行う。 彼らはわたしがわが僕ヤコブに与えた土地に住む。そこはお前たちの先祖が住んだ土地である。彼らも、その子らも、孫たちも、皆、永遠に至るまでそこに住む。そして、わが僕ダビデが永遠に彼らの支配者となる。
エゼキエル書37章24‭~‬25節

ここで、ダビデが永遠にわたしたちの王となり導かれると言われました。

ダビデは約3000年前に実在したイスラエルの2代目の王です。
このエゼキエル書は、ダビデが亡くなってから約450年後に記録されました。

ダビデが王となりわたしたちの支配者となると言われましたが、もう亡くなってしまったダビデ王がわたしたちを導かれるのでしょうか。

そうではありません。

このダビデは後に現れる預言的ダビデ王を表しています。

この預言的ダビデ王が、イエス様です。

あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。 その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる。神である主は、彼に父ダビデの王座をくださる。
ルカによる福音書1章31‭~‬32節

イエス様がダビデの王位に就かれると言われました。
ですから、わたしたちの王となって救いに導いてくださる方はイエス様です。

ここでイエス様をダビデと譬えられた理由は、
イエス様がなされる救いの御業を、ダビデの行跡を通じて前もって教えてくださっているからです。

ではダビデ王は何を行ったのでしょうか。
ダビデ王の最初であり最大の行跡が、シオンを建てたことです。

しかしダビデはシオンの要害を陥れた。これがダビデの町である。 ……ダビデはこの要害に住み、それをダビデの町と呼び、ミロから内部まで、周囲に城壁を築いた。 ダビデは次第に勢力を増し、万軍の神、主は彼と共におられた。
サムエル記下 5章7‭~‬10節

シオンは神様の約束の地であるカナンの中心地です。

神様は、イスラエルの民にカナンの地を与えると約束され、その約束通りヨシュアの時代に、イスラエルの民はカナンの地に足を踏み入れました。ところが、中心地であるシオンは他の民族が支配していて、長い間入ることができませんでした。

そのシオンをダビデは王になってすぐ制圧しました。

ダビデ王はヨシュアの時代から約400年後の王です。
幾多の指導者がいたにもかかわらず、誰一人治めることができなかったシオンを、ダビデは即位後すぐに制圧し、建てました。言い換えれば、ダビデでなければシオンを建てることができなかったのです。

ダビデの行跡はイエス様のなされる救いの御業を表すものです。

ダビデによって初めてシオンが建てられた行跡は、イエス様が来られて初めて霊的シオンが建てられる預言です。つまり、人の姿で来られた神様であられるイエス様でなければ、霊的シオンを建てることができないことを表しています。

この預言のとおりイエス様がこの地に来られて、霊的シオンを建てられました。

では、イエス様が建てられたシオンはどんなところでしょうか。

シオンを仰ぎ見よ、我らの祝祭の都を。 あなたの目はエルサレムを見る。 それは安らかな住まい 移されることのない天幕。 その杭は永遠に抜かれることなく 一本の綱も断たれることはない。 … まことに、主は我らを正しく裁かれる方。 主は我らに法を与えられる方。 主は我らの王となって、我らを救われる。
イザヤ書33章20‭~‬22節

救いの場所であるシオンは祝祭の都、つまり神様の祭りが行われるところを指します。

イエス様が霊的シオンを建てられるというのは、神様の祭りを定められることを意味しており、祭りを通してわたしたちを救ってくださるのです。

 

イエス様が守られた祭り

聖書に書かれたイエス様の行跡を調べてみると、イエス様が守られた(定められた)祭りは次のとおりです。

安息日を通して命の御言葉の祝福。

イエスはお育ちになったナザレに来て、いつものとおり安息日に会堂に入り、聖書を朗読しようとしてお立ちになった。
ルカによる福音書4章16節

過越祭で永遠の命と罪の赦し。

一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱えて、それを裂き、弟子たちに与えながら言われた。「取って食べなさい。これはわたしの体である。」 また、杯を取り、感謝の祈りを唱え、彼らに渡して言われた。「皆、この杯から飲みなさい。 これは、罪が赦されるように、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である。
マタイによる福音書26章26‭~‬28節

五旬祭で聖霊の祝福。

五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、 突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。
使徒言行録2章1~‬4節

仮庵祭で命の水をくださる約束。

ときに、ユダヤ人の仮庵祭が近づいていた。 祭りが最も盛大に祝われる終わりの日に、イエスは立ち上がって大声で言われた。「渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい。 わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その人の内から生きた水が川となって流れ出るようになる。」 イエスは、御自分を信じる人々が受けようとしている“霊”について言われたのである。イエスはまだ栄光を受けておられなかったので、“霊”がまだ降っていなかったからである。
ヨハネによる福音書7章2‬、37‭~39節

つまり安息日、過越祭、五旬祭、仮庵祭などの、聖書に記録された神様の祭りを守るところがイエス様が建てられた霊的シオンとなります。

ダビデがシオンを建てたように、預言的ダビデであられるイエス様は、神様の祭りで霊的シオンを建てられました。

 

祭りがなくなりシオンが廃墟となる

イエス様がこの地に来られた目的は人類を救うことです。
シオンで建てられた祭りによって、救いへと導いてくださいます。

ですから、救われるためには神様の祭りがなければならず、また人類がそれを守らなければなりません。

ですが、今日キリスト教というと、多くの教会はイエス様が定められた祭りを行わず、聖書にない日曜礼拝やクリスマスなどを行っている現状です。

シオンは祭りを守るところです。神様の祭りがない中では誰も救われません。

なぜ、このようになってしまったのでしょうか。
聖書の預言を見てみましょう。

彼はいと高き方に敵対して語り いと高き方の聖者らを悩ます。 彼は時と法を変えようとたくらむ。 聖者らは彼の手に渡され 一時期、二時期、半時期がたつ。
ダニエル書7章25節

ダニエル書には、いと高き神様に敵対するサタンが時と法を変えると預言されています。

これを英語の聖書で調べてみると

…He will try to change their religious laws and festivals…
Daniel 7:25 (Good News Bible)

法と祭りを変えると書かれています。

つまり、祭りが変更されるという預言です。

この預言のとおり、AD321年に当時のローマ皇帝、コンスタンティヌスによって日曜休業令(日曜日を休日とする法令)が宣布され、土曜日に守られていた安息日礼拝が廃止され、日曜礼拝に変えられました。

そして、AD325年にニカイア宗教会議で過越祭が廃止され、その後AD354年には聖書にまったく記載のないクリスマスが導入され、祭りが変更されました。

シオンは神様の祭りを守るところです。

祭りが変わったということはシオンがなくなったことを意味します。
神様の祭りを守る民がいなくなり、廃墟となりました。

主はシオンを慰め そのすべての廃虚を慰め 荒れ野をエデンの園とし 荒れ地を主の園とされる。 そこには喜びと楽しみ、感謝の歌声が響く。
イザヤ書51章3節

シオンがなくなったなら誰も救われません。
なぜならシオンは神様が建てられる救いの場所だからです。ですから廃墟になったシオンを慰められ、再び主の園としてくださると言われました。

つまり、人類を救ってくださるため、なくなってしまったシオンを再建してくださいます。

 

シオンが再建される

では、再建されるシオンはどこなのでしょうか。多くの教会がありますが、どこがイエス様が建てられた真の教会(シオン)なのでしょうか。

終わりの日に 主の神殿の山(シオン)は、山々の頭として堅く立ち どの峰よりも高くそびえる。 もろもろの民は大河のようにそこに向かい 多くの国々が来て言う。 「主の山に登り、ヤコブの神の家に行こう。 主はわたしたちに道を示される。 わたしたちはその道を歩もう」と。 主の教えはシオンから 御言葉はエルサレムから出る。
ミカ書4章1‭~‬2節

終わりの日にシオンに多くの人々が押し寄せると記録されています。廃墟となったシオンに人々が押し寄せることは、救いの場所として再建されたことを表します。

ですから、シオン(救いを受けられる真の教会)は終わりの日に登場します。

では、このシオンをどなたが建てられるのでしょうか。

主はまことにシオンを再建し 栄光のうちに顕現されます。 主はすべてを喪失した者の祈りを顧み その祈りを侮られませんでした。 後の世代のために このことは書き記されねばならない。 「主を賛美するために民は創造された。」 主はその聖所、高い天から見渡し 大空から地上に目を注ぎ 捕われ人の呻きに耳を傾け 死に定められていた人々を 解き放ってくださいました。 シオンで主の御名を唱え エルサレムで主を賛美するために 諸国の民はひとつに集められ 主に仕えるために すべての王国は集められます。
詩編102章17‭~23章

主がシオンを再建される、つまり神様がシオンを建ててくださいます。そして、神様が再建されるシオンに、諸国の民とすべての王国が集められると言われました。

ミカ書4章では終わりの日にシオンに多くの人々が押し寄せると記録されています。つまり、詩編の記者の記録とミカ書4章の記録は同じ時に起こる内容です。

この二つの御言葉を合わせれば、終わりの日に神様が御自ら救いの場所であるシオンを建ててくださることがわかります。

では、どのようにシオンを建てられるのでしょうか。

シオンは祭りを守るところです。つまり、神様が御自らなくなってしまった神様の祭りを再び教えてくださり、人類はそれを守ることで救われます。

神様の祭りとはなんでしょうか。

イエス様が建てられた祭りである安息日、過越祭、五旬祭、仮庵祭などです。

この祭りを神様が再び教えてくださり、それを守り行う教会を建ててくださいます。

 

神様が建てられる救いのシオン

それでは、多くのキリスト教教会が存在しますが、どこが神様が建てられる救いの教会(シオン)なのでしょうか。日曜礼拝やクリスマスを行う教会は皆一様にイエス様の教えから外れてしまった教会です。

今日、聖書に記録された、安息日、過越祭、五旬祭、仮庵祭を守る教会は「神様の教会」だけです。

これは、「神様の教会」が神様が建てられた救いの教会であり、霊的シオンだという証しです。

この「神様の教会」は1964年に安商洪様が設立されました。

シオンは神様が建てられる救いの場所です。

ダビデがシオンを建てたように、預言的ダビデであられる神様が御自ら霊的シオンを再建されます。

では、「神様の教会」を建てられた安商洪様はどなたでしょうか。

まさに、永遠にわたしたちの王となり導かれる「預言的ダビデ王」であられ、人類を救うためもう一度この地に来られた「再臨イエス様」であられ、御自らシオンを建ててくださった「神様」であられます。

安商洪神様が再び教えてくださった、神様の祭りを守るシオンの民となってこそ、救われることを聖書は証ししています。

安商洪神様の建てられた祭りを守るシオン「神様の教会」に来て、一緒に救いの道へと踏み出しましょう。

神様の教会