再臨キリストは東に来られる

再臨キリストは東に来られる

聖書の預言を調べてみれば、イエス様は最後の審判の前に、必ずもう一度この地にいらっしゃる、つまり再臨なさるということがわかります。そして、再臨なさるときには、東の地に来られます。

 

再臨キリストが東に来られるという預言

 

初臨のイエス様がベツレヘムにおいでになるという預言があったように、聖書には再臨イエス様がどこにいらっしゃるかが預言されています。それが東の遠い国です。

 

わたしは初めから既に、先のことを告げ

まだ成らないことを、既に昔から約束しておいた。

わたしの計画は必ず成り

わたしは望むことをすべて実行する。

東から猛禽を呼び出し

遠い国からわたしの計画に従う者を呼ぶ。

わたしは語ったことを必ず実現させ

形づくったことを必ず完成させる。

 

イザヤ書 46章10~11節

 

聖書で、猛禽は神様の迅速な救いを表しています(出19:4)。東の遠い国から神様の救いの御計画を成す方がいらっしゃるという預言です。

 

東からふさわしい人を奮い立たせ、足もとに招き

国々を彼に渡して、王たちを従わせたのは誰か。

この人の剣は彼らを塵のように

弓は彼らをわらのように散らす。

彼は敵を追い、安全に道を進み

彼の足をとどめるものはない。

この事を起こし、成し遂げたのは誰か。

それは、主なるわたし。

初めから代々の人を呼び出すもの

初めであり、後の代と共にいるもの。

 

イザヤ書 41章2~4節

 

この箇所でもやはり、神様の御計画を成すふさわしい方が東から登場します。ある人々は「この預言は初臨イエス様についての預言だ」と主張しますが、イエス様は東の遠い国でなくイスラエルにおいでになりました。また、ある人々は「キリストについての預言ではない」と言います。しかし、続いて17~18節を見てみると、その御業は肉体を持ってこの地に来られる神様、キリスト以外には成しえないことであるのがわかります。

 

聖書の預言が、再臨キリストは「東の遠い国」に来られることを証ししているのです。

 

終わりの救いの御業が東から始まる

 

ところで、イエス様が再臨なさる目的は何でしょうか。わたしたち人類に救いをもたらすためです。

 

また、人間にはただ一度死ぬことと、その後に裁きを受けることが定まっているように、キリストも、多くの人の罪を負うためにただ一度身を献げられた後、二度目には、罪を負うためではなく、御自分を待望している人たちに、救いをもたらすために現れてくださるのです。

 

ヘブライ人への手紙 9章27~28節

 

イエス様が再臨なさって、わたしたちに救いをもたらしてくださるのですが、その救いの御業が、ヨハネの黙示録では「神様の刻印を押す御業」として預言されています。

 

この後、わたしは大地の四隅に四人の天使が立っているのを見た。彼らは、大地の四隅から吹く風をしっかり押さえて、大地にも海にも、どんな木にも吹きつけないようにしていた。わたしはまた、もう一人の天使が生ける神の刻印を持って、太陽の出る方角から上って来るのを見た。この天使は、大地と海とを損なうことを許されている四人の天使に、大声で呼びかけて、こう言った。「我々が、神の僕たちの額に刻印を押してしまうまでは、大地も海も木も損なってはならない。」

 

ヨハネの黙示録 7章1~3節

 

天使が風を離せば、大地も海の木も損なわれてしまうのですから、この風は災いを表しています。しかも、大地の四隅から吹き付ける風なので、全世界を滅亡させる最後の災いです。この災いから神様の民たちを救ってくださるために、神様の刻印を押す使命が始まります。イエス様は、わたしたち人類に救いをもたらすために、この地に再臨なさいます。つまり、この刻印を押す御業が、再臨キリストが成される救いの御業なのです。そして、その御業が「太陽の出る方角」やはり「東」から始まることが預言されています。

 

イザヤの預言において再臨キリストが登場なさるのも、ヨハネの黙示録の再臨キリストが成される救いの御業が始まるのも、どもらも「東」の地でした。では、どこから見て東でしょうか。預言者たちがその預言を記録した場所を基準にしなければなりません。

 

イザヤ預言者はイスラエルで、使徒ヨハネはパトモス島でその預言を記録しました。イスラエルとパトモス島を基準に、ずっと東に進んでいけば、東の果ての国、韓国に到達します。

 

再臨キリストは、東の国、韓国に

 

ただ単に東ならば、ロシアや中国、日本かもしれません。しかし、この預言の地は、韓国でなければ成立しないのです。なぜなら、黙示録7章の再臨キリストが成される刻印を押す御業が、「韓国」から始まったからです。

 

聖書を調べてみると、災いから免れることのできる神様の刻印が、新しい契約の過越祭であることがわかります。この新しい契約の過越祭は、初臨のイエス様が立ててくださった祭りですが、AD325年のニカイヤ宗教会議によって廃止されてしまいました。その過越祭が1600年ぶりに守られるようになったのが、まさに韓国からです。イエス様が韓国に再臨なさって、過越祭を回復してくださったのです。

そして、その新しい契約の過越祭を回復してくださった方が、安商洪様であり、東の国、韓国に来られた再臨イエス様であられます。

 

では、預言と成就、どちらが先でしょうか?

 

信じたわたしたちは、この安息にあずかることができるのです。

「わたしは怒って誓ったように、

『彼らを決してわたしの安息に

あずからせはしない』」

と言われたとおりです。もっとも、神の業は天地創造の時以来、既に出来上がっていたのです。なぜなら、ある個所で七日目のことについて、「神は七日目にすべての業を終えて休まれた」と言われているからです。

 

ヘブライ人への手紙 4章3~4節

 

わたしは初めから既に、先のことを告げ

まだ成らないことを、既に昔から約束しておいた。

わたしの計画は必ず成り

わたしは望むことをすべて実行する。

 

イザヤ書 46章10節

 

三次元の世界に生きているわたしたちにとって、時間は常に一定に一方向に進んでいます。しかし、高次元の神様の世界では、そうではありません。

 

神様は、すでにすべてを完成され、初めからすべてご存じでおられます。その全知全能の神様が、今この終わりの時代に再臨キリスト安商洪様が救いの神様の刻印を携えて韓国に来られたことを、預言者イザヤや使徒ヨハネに見せてくださったのです。そして、その再臨の光景を、イザヤは「東の遠い国から救いの計画が成される」と、ヨハネは「太陽の出る方角から刻印を押す御業が始まる」と記録したのです。

 

東に来られた再臨キリスト安商洪様を受け入れましょう。そして、神様の刻印を受け、最後の災いから免れ、永遠の救いにあずかりましょう。

 

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