終わりの日にダビデを求めよ

終わりの日にダビデを求めよ

神様は、終わりの時代を生きる私たちに非常に重大なメッセージを下さいました。それは、「終わりの日にダビデを求めよ」という御言葉です。世の終わり、救いが間近に迫っている今、私たちが探し求めるべき救い主はダビデです。ダビデを探してこそ、救いを受け天国に入ることができます。

 

終わりの時代、求めるべきダビデは私たちの救い主であられる神様

 

その後、イスラエルの人々は帰って来て、彼らの神なる主と王ダビデを求め、終わりの日に、主とその恵みに畏れを持って近づく。

ホセア書 3章5節

 

終わりの時代、ダビデを求める者が、神様の恵みである救いを得て天国に入城することができます。ダビデ王としてこの地に来られる神様が永遠に統治なさる国、天国に入れるかは「ダビデに出会えるか」にかかっています。

 

まことに、主なる神はこう言われる。見よ、わたしは自ら自分の群れを探し出し、彼らの世話をする。牧者が、自分の羊がちりぢりになっているときに、その群れを探し出すように、わたしは自分の羊を探す。わたしは雲と密雲の日に散らされた群れを、すべての場所から救い出す。・・・わたしは彼らのために一人の牧者を起こし、彼らを牧させる。それは、わが僕ダビデである。彼は彼らを養い、その牧者となる。また、主であるわたしが彼らの神となり、わが僕ダビデが彼らの真ん中で君主となる。主であるわたしがこれを語る。

エゼキエル書 34章11-24節

わたしの僕ダビデは彼らの王となり、一人の牧者が彼らすべての牧者となる。彼らは私の裁きに従って歩み、わたしの掟を守り行う。・・・そして、わが僕ダビデが永遠に彼らの支配者となる。わたしは彼らと平和の契約を結ぶ。それは彼らとの永遠の契約となる。・・・わたしは、彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。

エゼキエル書 37章24-27節

 

預言者エゼキエルが預言したダビデは3000年前に実在したイスラエルの二代目の王様であるダビデではありません。理由は①ホセア書が記録されたのはダビデの死後250年後、エゼキエル書は死後450年後の記録であり、②永遠に神様の民を統治されるのは唯一神様だけだからです。従って、私たちが終わりの時代探し求めるべきダビデは、預言的(霊的)ダビデ王であり、人として来られる救い主の神様です。ですから、終わりの時代に登場なさるダビデに出会うということは、神様に出会うことであり、ダビデを受け入れる人だけが神様の民になり、救いを受けて天国に入ることができます。わたしたちは、必ず、王ダビデを探さなければなりません。では、預言的ダビデとは一体どなたのことでしょうか?

預言的ダビデはキリスト

 

預言者イザヤは人として来られる神様がダビデの王位に就くと預言しました。

 

ひとりのみどりごがわたしたちのために生まれた。ひとりの男の子がわたしたちに与えられた。権威が彼の肩にある。その名は、「驚くべき指導者、力ある神/永遠の父、平和の君」と唱えられる。」ダビデの王座とその王国に権威は増し/平和は絶えることがない。王国は正義と恵みの業によって/今もそしてとこしえに、立てられ支えられる。万軍の主の熱意がこれを成し遂げる。

イザヤ書 9章5-6節

 

イエス様がこの地に来られる約700年前に、預言者イザヤが、将来、来られるキリスト、つまり人の姿で来られる神様について預言した場面です。ダビデの王座に座って公平と正義で治めるという預言は、イエス様が成就されました。

 

あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。・・・神である主は、彼に父ダビデの王座をくださる。彼は、永遠にヤコブの家を治め、その支配は終わることがない。

ルカによる福音書 1章31-33節

 

神様が、先祖ダビデの王座をイエス様に与えられると言われたので、ダビデとイエス様の関係を綿密に研究する必要があります。ダビデが行ったことを通して、イエス様が将来行われることを知ることができるからです。では、王座によって関連しているダビデとイエス様の預言的関係について調べてみましょう。

 

・・・長老たちはダビデに油を注ぎ、イスラエルの王とした。ダビデは三十歳で王となり、四十年間王位にあった。

サムエル記下 5章3-4節

 

ダビデは三十歳で油注がれ王になり、四十年間神様の民を王として統治しました。このダビデの王座の預言を、預言的ダビデ王であられるイエス様はどのように成就されたのでしょうか?

 

民衆が皆洗礼を受け、イエスも洗礼を受けて祈っておられると・・・「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」と言う声が、天から聞こえた。イエスが宣教を始められたときはおよそ三十歳であった。

ルカによる福音書 3章21-23節

 

ダビデが三十歳で油注がれて王位についたように、イエス様も三十歳で霊的な油を注ぐ浸礼を受けられ、天国の王として天の民を探す宣教を始められました。ダビデが四十年間民を統治し、王としての仕事をしたのであれば、イエス様も天の王として四十年間福音の道を歩まれなければなりません。しかし、イエス様の福音の生涯はたった三年しかありませんでした。聖書のすべての預言は、必ず成就します。(マタ5:18,24:34-35)ダビデの王座、残り37年間に関する預言も必ず成就されます。

 

終わりに日に登場するダビデは再臨キリスト

 

キリストの初臨の時、ダビデ王としての預言が終わっているなら今日私たちがこのダビデについての預言を研究する必要がはありません。しかし、預言者エゼキエルは、雲と密雲の日、すなわち終わりの日にダビデとして神様が人の姿で現れて、羊の群れの牧者になり、その民を導いていくと預言しました。また、ダビデ王としての残り37年の預言を満たし、民を御自ら救いに導くためにも、イエス様が再臨されなければなりません。初臨イエス様が人の姿で来られてダビデの預言を成就されたように、再臨のイエス様も人の姿で来られてこそダビデの王位を完成することができます。

 

また、人間にはただ一度死ぬことと、その後に裁きを受けることが定まっているように、キリストも多くの人の罪を負うためにただ一度身を献げられた後、二度目には、罪を負うためではなく、ご自分を待望している人たちに、救いをもたらすために現れてくださるのです。

ヘブライ人への手紙 9章27-28節

 

再臨キリストは、ダビデの王位四十年間の福音の歴史を完全に成就されるため、三十歳で浸礼を受けられ、天の王として残り37年間福音の生涯を歩まれなければなりません。では、再臨のダビデ、すなわち再臨のキリストを見分けることができるしるしは何でしょうか?ダビデだけが持っている証しが何か調べてみましょう。

 

ダビデのしるしは新しい契約の過越祭

 

耳を傾けて聞き、わたしのもとに来るがよい。聞き従って、魂に命を得よ。わたしはあなたたちととこしえの契約を結ぶ。ダビデに約束した真実の慈しみのゆえに。見よ/かつてわたしは彼を立てて諸国民への証人とし/諸国民の指導者、統治者とした。

イザヤ書 55章3-4節

 

神様は、私たちを天国に導く指導者であり、統治者であるダビデに永遠の契約を与えてくださると約束されました。この永遠の契約こそがダビデのしるしです。

 

永遠の契約の血による羊の大牧者、わたしたちの主イエスを、死者の中から引き上げられた平和の神が、

ヘブライ人への手紙 13章20節

 

『永遠の契約の血』はイエス様の血で立てられた過越祭、新しい契約の血を意味します。言い換えれば、ダビデに与えられた永遠の契約は新しい契約です。ですから、終わりの日にダビデの名で来られるキリストは、必ず新しい契約を持って登場しなければなりません。新しい契約を持って来られる方がおられたら、その方はまさに聖書が預言したダビデであり、再臨キリスト、人の姿で来られた神様です。ですから、終わりの時代、王ダビデに出会って受け入れた人が、神様に出会い受け入れた人であり、救いにあずかる人となるのです。

 

325年ニカイア公会議で廃止され、1600年間誰一人守ることができなかった新しい契約の過越祭を安商洪様が回復され、この新しい契約過越祭を守ってこそ永遠の命を得ると一生涯にかけて教えてくださいました。ダビデだけが持って来ることのできる永遠の契約を持って来られた安商洪様は、終わりの時代に登場するダビデ王、つまり再臨キリストであられ、人の姿で来られた神様です。また、30歳で浸礼を受けられた後、37年間福音を伝えられ、ダビデの王位に関する預言も正確に成就されました。

終わりの日にダビデを求め、神様の救いを受けましょう。

 

 

再臨キリスト

新しい契約過越祭

ダビデのひこばえ