世の終わりまで守るべき安息日

2023-11-22
世の終わりまで守るべき安息日

教会の礼拝日と言えば、日曜日を思い浮かべる人がほとんどでしょう。多くの教会は日曜日に集会を開き、礼拝をささげています。しかし、聖書に日曜日について言及された箇所は一つもなく、安息日についての神様の御言葉と、安息日を守った記録があるだけです。では、この安息日は既に廃止された礼拝日なのでしょうか?いつまで守るべき掟なのか、神様の御言葉から答えを探してみましょう。

天地創造と共に始まった安息日

広大なる宇宙を創造され、地球も、地球の中に住む人間も造られた偉大なる方が、創造主なる神様です。神様は、世の初めに六日間天地万物を創造され、七日目の日に創造の仕事を終えてお休みになりました。安息なさったその七日目の日 を、創造主の権能を記念する記念日として、聖別されました。神様は、七日目の日 を特別に聖なる日として祝福されたのです。

創世記 2章1~3節 天地万物は完成された。第七の日に、神は御自分の仕事を完成され、第七の日に、神は御自分の仕事を離れ、安息なさった。この日に神はすべての創造の仕事を離れ、安息なさったので、第七の日を神は祝福し、聖別された。

この聖なる安息日は、天地創造と共に始まった真に尊い日です。 神様はこの安息日をモーセ時代になって十戒の4番目の戒めとして定められました。

出エジプト記 20章8-11節 安息日を心に留め、これを聖別せよ。六日の間働いて、何であれあなたの仕事をし、七日目は、あなたの神、主の安息日であるから、いかなる仕事もしてはならない。・・・六日の間に主は天と地と海とそこにあるすべてのものを造り、七日目に休まれたから、主は安息日を祝福して聖別されたのである。

安息日を守ることは、偉大なる創造主が神様であることを認め、万物を創造なさった神様に栄光を帰す行為です。ですから、聖日として祝福された安息日を守る人も、神様の人として聖別され、祝福を受けることができるのです。

世の終わりまで守るべき安息日

では、天地創造と同時に始まった安息日ですが、一体いつまで守るべきでしょうか?イエス様の御言葉から答えを見つけることができます。

マタイによる福音書 24章3節 イエスがオリーブ山で座っておられると、弟子たちがやって来て、ひそかに言った。「おっしゃってください。そのことはいつ起こるのですか。また、あなたが来られて世の終わるときには、どんな徴があるのですか。」

イエス様に再臨と世の終わりの日について質問する弟子たち。その答えの中に、安息日に関する御言葉もありました。

マタイによる福音書 24章20~21節 逃げるのが冬や安息日にならないように、祈りなさい。そのときには、世界の初めから今までなく、今後も決してないほどの大きな苦難が来るからである。

イエス様が、終わりの苦難が安息日に起こらないように祈りなさいとおっしゃった理由は、終わりの苦難が、安息日に起きてしまうと、神様に敬虔な礼拝をささげられなくなってしまうからです。この御言葉には、世の終わりの日まで、安息日を必ず心に留めて守らなければならないという神様の御心が込められています。

世の終わりまで守るべき安息日は、新約の安息日

では、私たちが守るべき安息日は、旧約時代イスラエルの民が守った安息日でしょうか?ある人は、「安息日は旧約の掟であり、イエス様によって廃止されたのだから、今は守る必要がない」と考えています。

私たちが守るべき安息日は、旧約の安息日ではなく、キリストの模範に従って行う新約の安息日です。旧約と新約の安息日は礼拝方法が異なります。旧約時代には動物のいけにえをささげて安息日を守りました(民数記28:9‐10)が、新約時代には動物のいけにえの実体であられるイエス・キリストの尊い血によって、霊と真理をもって祈りと賛美をささげるのです。

イエス様によって、旧約の安息日が新約の安息日礼拝へと変更されました。

マタイによる福音書 5章17節 わたしが来たのは律法や預言者を廃止するためだ、と思ってはならない。廃止するためではなく、完成するためである。

イエス様は、律法を廃止されたのではなく、むしろ完成するためにこの地に来られました。これは、イエス様が完成された安息日礼拝が必ず存在するという意味です。

ヘブライ人への手紙 7章12節 祭司制度に変更があれば、律法にも必ず変更があるはずです。

ここでも、律法がなくなる、とは記されていません。変更されたと記録されているように、安息日も廃止されたのではなく、キリストが自ら教えられた律法、つまり礼拝の方法が変わっただけです。完成された安息日の律法は、動物の血によってではなく、キリストの尊い血の功労をまとうことのできる新しい契約の安息日です。

ヨハネによる福音書 4章21~23節 イエスは言われた。・・・この山でもエルサレム(旧約の羊をほふる礼拝)でもない所で、父を礼拝する時が来る。・・・まことの礼拝をする者たちが、霊と真理をもって父を礼拝する時が来る。今がその時である。なぜなら、父はこのように礼拝する者を求めておられるからだ。

キリストによって完成された安息日礼拝は、霊と真理をもって祈りと賛美をささげる新しい契約の安息日です。これこそ、新約時代を生きている私たちが世の終わるときまで守るべき安息日なのです。

イエス様が模範を示された新しい契約の安息日

ルカによる福音書 4章16節 イエスはお育ちになったナザレに来て、いつものとおり安息日に会堂に入り、聖書を朗読しようとしてお立ちになった。

救い主であられるイエス様は、安息日に霊と真理をもってささげる礼拝の模範を示されました。決して安息日は廃止された掟ではありません。世の終わるときまで、イエス様が教えられた新しい契約の安息日を守らなければなりません。

安息日は、神様が六日間天地万物を創造され、七日目の日に安息なさったことを記念する日であり、創造主の権能を記念する日です。神様が、万物を創造された世の初めの時から聖別された尊い日であるため、天地創造の歴史が変わらない限り、世の終わるときまで決して変わることのない祝福された真に尊い日です。