人間によって記録されたから信じられない

2024-05-16
人間によって記録されたから信じられない

聖書は、神様が人類の救いのために許してくださった書物です。しかし、多くの人々は聖書を信じられずにいます。それには様々な理由がありますが、今日はその中でも「聖書は、人間によって記録されたから、信じられない」という主張について考えてみましょう。

すべての本は人によって記録された

世の中のすべての本は、人によって記録されました。動物が書いた本などというものはありませんし、昨今の技術の進歩により、AIで文章を作ったとしても、まずは人間が設定を入力しなければなりません。つまるところ、この世の書物の中で、人によって記録されなかったものはないということです。したがって、彼らが主張する論理を適応すると、「世の中に存在するすべての本は信じられない」ということになってしまいます。学校で使われている教科書はどうでしょうか?調べ物をするときに使う辞書や事典は?機械の説明書や、薬の飲み方の説明書・・・人間の手で記録されたものは何も信じることができず、信じる価値がないのでしょうか?しかし、実際は多くの人々はそう思って生活してはいません。単に人によって記録されたものだから、その内容を信じることができないという考えはとても浅はかで間違っています。

聖書の真の著者は神様

では、すべての本が信じられるのかというと、無論そうではないでしょう。人間が書いた本の中でも、信頼でき信じるに値するものもあれば、ただ参考までに目を通しておくべきもの、眉唾物だけど面白さを求めて読む本など、様々です。では、人々はそれをどのようにして判断しているのでしょうか。それは、まさにその本が「誰によって書かれた本か」ということです。つまりは、本の「著者は誰か」というわけですが、もう少し広く考えれば「どこが出版しているか」「誰が携わったのか」とも言えると思います。世界的に権威のある有名な科学者が新しい論文を発表すれば、人々は人間の英知がまた一歩先に進んだと喜ぶでしょうし、老舗の出版社から出されている百科事典を疑いながら読む人はいないでしょう。このように、その本を信じられるかどうかは、それが「誰によって書かれたものなのか」が重要なのです。

聖書は、約1600年間という時を経ながら、約36人の人によって記録されました。しかし、人間の考えに基づいて書かれたのではありません。聖書は、人々が神様の聖霊に導かれて、神様の言葉を記録したものなのです。

ペトロの手紙二 1章20~21節 何よりもまず心得てほしいのは、聖書の預言は何一つ、自分勝手に解釈すべきではないということです。なぜなら、預言は、決して人間の意志に基づいて語られたのではなく、人々が聖霊に導かれて神からの言葉を語ったものだからです。

聖書は、人々が神様の聖霊に導かれて、神様の御言葉を記録した本です。人間の手によって記録されはしましたが、預言者たちは神様からの御言葉をそのまま記録しただけです。つまり、聖書の真の著者は、神様だと言えます。聖書の神様とは、この世、この天地万物を創造なさった神様です。本当に創造主であられ全知全能な神様が存在しておられて、聖書の著者が人間の英知をはるかに超越した神様であるならば、これより確かで信頼できる本はないでしょう。

聖書が神様の御言葉だという証拠

では、聖書の御言葉が本当に神様の御言葉だと、どのように確認することができるのでしょうか。その答えも聖書に記されています。

申命記 18章21~22節 あなたは心の中で、「どうして我々は、その言葉が主の語られた言葉ではないということを知りうるだろうか」と言うであろう。その預言者が主の御名によって語っても、そのことが起こらず、実現しなければ、それは主が語られたものではない。預言者が勝手に語ったのであるから、恐れることはない。

「預言者が主の御名によって語っても、そのことが起こらず、実現しなければ、それは主が語られたものではない」とあります。言い換えれば、本当に神様の御言葉なのであれば、それは必ず成就するということです。聖書には、たくさんの預言が記録されています。そして、私たちは、もう既にその預言がほとんど成就された時代に生きています。聖書の預言が実際に成就したのかしなかったのか、過ぎ去った歴史を通して、すべて確認することができる時代に生きているのです。

ソロモンの悟り

最後に、世の人々の間でも、栄華を極め、知恵に優れた人物として知られているソロモンの言葉を見てみましょう。

コヘレトの言葉 1章12~14節 わたしコヘレトはイスラエルの王としてエルサレムにいた。天の下に起こることをすべて知ろうと熱心に探究し、知恵を尽くして調べた。神はつらいことを人の子らの務めとなさったものだ。わたしは太陽の下に起こることをすべて見極めたが、見よ、どれもみな空しく、風を追うようなことであった。

コヘレトの言葉 12章12~13節 それらよりもなお、わが子よ、心せよ。書物はいくら記してもきりがない。学びすぎれば体が疲れる。すべてに耳を傾けて得た結論。「神を畏れ、その戒めを守れ。」これこそ、人間のすべて。

ソロモンは、古代イスラエルが最も栄華を極めた時代の王でした。ソロモンの知恵の深さは周辺諸国でも有名で、その知恵にあやかろうと、他国の王たちまでもソロモンを訪ねて来ていたほどでした。そのソロモンが、この世のすべてを知ろうとして、熱心に研究し、知恵を尽くして調べ、最終的に悟った内容が、「神様を畏れ敬い、神様の戒めを守ることが、人間の本分」だということでした。

ですから、安易に「聖書は人によって記録された本だから、信じられない」と決めつけず、預言と預言成就について調べてみましょう。聖書の真の著者が神様であられることを知ることができるはずです。また、聖書の中には、この世の中で最も価値あるたくさんの秘密と祝福が込められています。ぜひ共に救いにあずかるための第一歩を踏み出してくださることを願います。(関連記事『聖書は事実である~預言成就編~』)