安息日を心に留め、これを聖別せよ-土曜日に行われる礼拝
2020-09-28
安息日礼拝について
ほとんどのキリスト教徒は、神様に礼拝をささげる日があるということを知っており、一般的に世の教会は礼拝日を日曜日と教えている。しかし、キリスト教には850以上の異なる教派が存在しているため、多様な意見は避けられない。礼拝日は日曜日だと言う人もいるが、礼拝日は土曜日だと信じている人もいる。いつ礼拝しても構わないという人もいれば、毎日礼拝してもいいと言う人もいる。
黙 22:18-19 この書物の預言の言葉を聞くすべての者に、わたしは証しする。これに付け加える者があれば、神はこの書物に書いてある災いをその者に加えられる。また、この預言の書の言葉から何か取り去る者があれば、神は、この書物に書いてある命の木と聖なる都から、その者が受ける分を取り除かれる。
教派に関係なく、キリスト教の根幹となるのは聖書である。神様は聖書を読んだり勉強したりする人に、聖書について個人的な意見や思想を付け加えないよう警告なさった。聖書は神様の完璧な御言葉だ。キリスト教を信じていると言い、神様を信じていると言う人であれば、聖書に一行でも付け加えたり、その意味を任意に解釈したりしてはいけない。数世紀にもわたる伝統や人々が作り出した宗教や教派に関係なく、聖書は正確な礼拝日を教えてくれている。
礼拝日の起源
創世記を見ると、安息日は天地創造の時に起源を持つことが分かる。
創 2:1-2 天地万物は完成された。第七の日に、神は御自分の仕事を完成され、第七の日に、神は御自分の仕事を離れ、安息なさった。
創世記によると、神様は六日間創造の御業をなさった。しかし、神様が安息され、祝福を与えてくださり、聖別された日は最終日の七日目だった。これが安息日、即ち礼拝日の起源だ。
十戒の中の安息日
これをさらに明確にするために、神様は十戒の中に七日目についての戒めも作られ、その日を「安息日」と名付けられた。
出 20:8-10 安息日を心に留め、これを聖別せよ。 六日の間働いて、何であれあなたの仕事をし、七日目は、あなたの神、主の安息日であるから、いかなる仕事もしてはならない。
神様はシナイ山でモーセに十戒をお許しくださった。そのうちの四つ目の戒めは、安息日を聖別せよというものだった。安息日を聖別せよということは、残りの6日間とは違い聖なる行いをせよという意味である。すなわち、神様に礼拝をささげよということだ。
主流のキリスト教徒は十戒を守ろうと努力している。十戒が、単にユダヤ人だけでなく、今日神様を信じて従うすべての人々にお許しくださった掟であると認識している。なのになぜ、礼拝日について様々な意見が存在するのだろうか?安息日は何曜日なのか。
安息日は土曜日だ
カレンダーを見ると、一週間の七日目は土曜日だ。
どよう‐び【土曜日】[名詞]週の第七日。週の終りの日。
安息日に神様は御自身の民を祝福し、聖別される。神様を完全に正しく敬拝しようとするなら、この点を理解することが重要だ。安息日を掟通り守って初めて、神様から選ばれた神様の民であるという証しを受けることができる。
出 31:13 あなたは、イスラエルの人々に告げてこう言いなさい。あなたたちは、わたしの安息日を守らねばならない。それは、代々にわたってわたしとあなたたちとの間のしるしであり、わたしがあなたたちを聖別する主であることを知るためのものである。
にもかかわらず、キリスト教界は礼拝日についての意見が一致していない。ほとんどの教会では、安息日や礼拝日は日曜日だと教えている。しかし安息日は間違いなく土曜日である。
聖書も安息日は日曜日ではなく、土曜日だと証ししている。
現代人の聖書(TEV) – 安息日は土曜日だ
マコ 16:1-2、9 安息日が終わると、マグダラのマリア、ヤコブの母マリア、サロメは、イエスに油を塗りに行くために香料を買った。 そして、週の初めの日の朝ごく早く、日が出るとすぐ墓に行った。…イエスは週の初めの日の朝早く、復活して、…
マコ 16:9 (GNT) After Jesus rose from death early on Sunday, he appeared first to Mary Magdalene…(イエスは日曜日の朝早く、復活して、まずマグダラのマリアに御自身を現され…)
イエス様は週の初めの日(一日目)である日曜日に復活され、安息日はその前日だった。言い換えれば、安息日は土曜日だ。
安息日は創造主である神様の権能を記念する日だ。聖書は神様を愛して敬拝する人なら、いつも安息日を守らなければならないと教えている。神様の教会は、国籍を問わず全世界で数百万の人々が安息日を守り、神様の祝福を受けている。