救いのしるし、浸礼

救いのしるし、浸礼

罪人である人類が罪の赦しを得て、永遠なる天国に向かう第一歩が浸礼(バプテスマ)という儀式です。従って、明日を誇ることができない人類が最も緊急を要する儀式があるとすれば、それはまさに浸礼です。なぜなら罪を持ったままでは、天国に入ることができないからです。この時代の救い主、聖霊と花嫁のもとで信じて浸礼を受けてこそ、救われて天国に行くことができます。

 

浸礼は死の奴隷である私たちの罪を洗い清めます

 

人は誰しも、この地に生まれたら必ず死にます。なぜ、とこしえに生きることができずに、死の奴隷にならなければならないのでしょうか。このような現状を、聖書では罪によって生じた結果だと教えています。

 

『さて、あなたがたは、以前は自分の過ちと罪のために死んでいたのです。』

エフェソの信徒への手紙2章1節

 

罪を負っていては、永遠に生きることができないため、永遠に生きる世界である天国に入ることはできません。犯した罪がなくなってこそ、永遠の命を得て、天国に入ることができます。神様は、浸礼の制度を通じて、まずは罪を贖って下さり、救いの一歩を踏み出せるようにしてくださいました。

 

・・・「悔い改めなさい。めいめい、イエス・キリストの名によって洗礼を受け、罪を赦していただきなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けます。」

使徒言行録2章38節

 

罪が赦されて初めて、神様の恵みである天国への道が開かれるのです。

 

 

浸礼は直ちに受けるべき約束です

 

私たち人間は一寸先も見通すことのできない不確実な存在です。仮に、浸礼の機会を先延ばしにして、その間に何か事が起きたら、その魂はどうなってしまうのでしょうか?

 

明日のことを誇るな。一日のうちに何が生まれるか知らないのだから。

箴言27章1節

 

ですから、救い主を悟ったらすぐに救いのしるしである浸礼を受けなければなりません。この浸礼は神様を信じる信仰の出発点であり、霊的赤ちゃんとして出生することを意味します。ですので、信仰の完成段階に入って浸礼を受けるべきだというのは聖書の教えではありません。

 

だから、あなたがたは行って、すべての民を私の弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。

マタイによる福音書28章19-20章

 

イエス様は浸礼を授けた後で、神様の御言葉を教え、守らせなさいと命じられました。人生の成長過程と同様に、魂も浸礼を通して罪と咎を脱ぎ、神様の子として新しい命にあずかった後で、神様の摂理と天の理を習得するようになります。

 

・・・先生方、救われるためにはどうすべきでしょうか。・・・まだ真夜中であったが・・・自分も家族の者も皆すぐに洗礼を受けた。

使徒言行録16章30-33章

 

初代教会当時、イエス様の模範に従い、信仰の初めの第一歩として、救い主を悟って直ちに浸礼を受け、イエス様を信じ始めました。

 

 

浸礼で罪を洗い清められてこそ、天国への道が開かれます

 

浸礼を通じて罪を洗った人は義と認められ、キリストの恵みで、新たに生まれるようになります。

 

この水で前もって表された洗礼(浸礼)は、今やイエス・キリストの復活によってあなた方をも救うのです。洗礼は、肉の汚れを取り除くことではなく、神に正しい良心を願い求めることです。

1ペトロの手紙3章21節

 

浸礼を通じて水で体を洗う儀式は、単に形式的で次元の低い行為ではなく、罪によって汚れた私たちの魂を生き返らせる聖なる儀式です。それゆえ、浸礼は罪人が天国に入るために絶対に欠かせない信仰の第一歩です。

 

信じて洗礼を受ける者は救われるが、信じない者は滅びの宣告を受ける。

マルコによる福音書16章16節

 

 

真理のある教会で受ける浸礼こそ、救いのしるしです

 

この世には数多くの教会がありますが、どこの教会で浸礼を受けるのかは非常に重大な問題であり、救いに直結します。なぜなら、真理のない教会には神様がおられず、罪の赦しも天国の約束もないからです。救いの約束がなければ、その浸礼自体が無意味なものになってしまいます。

 

・・・それなら、どんな洗礼を受けたのですか」と言うと、「ヨハネの洗礼です・・・ヨハネは・・・悔い改めの洗礼を授けたのです。」人々はこれを聞いて主イエスの名によって洗礼を受けた。

使徒言行録19章1-5節

 

2000年前は、罪を赦す権威をお持ちの救い主、イエス様の名で浸礼を受けてこそ、罪の赦しと救いの約束がありました。この時代はどうでしょうか?この最後の時代に、罪を赦し、永遠の命を与えてくださる真の救い主はどなたでしょうか?

 

“霊”と花嫁とが言う。「来てください。」これを聞く者も言うがよい、「来てください。」と。渇いている者は来るがよい。命の水が欲しい者は、値なしに飲むがよい。

ヨハネの黙示録22章17節

 

永遠の命を与えて下さる方、つまり死を滅ぼし、罪を赦してくださる救い主は、“霊”と花嫁だと聖書がはっきりと証ししています。聖霊神様と花嫁がおられる真理のある教会で、浸礼を受けてこそ真の罪の赦しと永遠の命があります。浸礼で新たに生まれ、神様の教えに従って、災いも免れ、永遠なる天国に入ることができます。

 

永遠の命と過越祭

・  霊と花嫁

時代別の救い主の名