真の神様だけに仕える方法

2024-06-19
真の神様だけに仕える方法

十戒の第一の掟『わたしをおいてほかに神があってはならない』(出20:3)。神様は、最も重要な掟として、この御言葉を下さいました。この御言葉の中には、他の神に仕えずに、神様だけに仕えなさいという御心が込められています。

イスラエルの歴史を調べてみると、イスラエルの民たちがエホバ神様を信じていたにも関わらず、他の神々をも崇拝してしまい、神様の裁きを受け、悔い改めて神様に立ち返り、また、偶像崇拝をしては裁きを受け、悔い改めて神様に立ち返る、ということを何度も繰り返したのが分かります。イスラエルの民は、神様だけを信じると言いながらも、他の神に仕えるという愚かな過ちを繰り返したのです。人間の能力だけでは、「唯一なる真の神様のみに仕える」ということが非常に難しいのです。では、どうすれば、私たちを救ってくださる神様だけに仕えることができるでしょうか?

永遠に不滅の神は、創造主なる神様のみ

そもそも、なぜ神様以外に信仰の対象があってはならないのでしょうか?この世には数万種以上の神々がいると言われています。その中で、一神教として他の神に仕えてはならないと命じているのは聖書の神様だけです。では、創造主なる神様だけに仕えなければならない理由は何でしょうか?

エレミヤ書 10章10~12章 主は真理の神、命の神、永遠を支配する王。・・・天と地を造らなかった神々は/地の上、天の下から滅び去る、と。御力をもって大地を造り/知恵をもって世界を固く据え/英知をもって天を広げられた方。

この地上で、人間によって造られた「神々と呼ばれるもの」は、地球が滅びると同時に必ず滅びる無力な存在に過ぎません。しかし、天地を創造された権能の神様は、永遠に滅びることのない永遠の命を持っておられる不滅の神様です。

イザヤ書 43章11~12節 わたし、わたしが主である。/わたしのほかに救い主はない。/わたしはあらかじめ告げ、そして救いを与え/あなたたちに、ほかに神はないことを知らせた。・・・

聖書の神様は、永遠に不滅であると同時に、私たちを救うことのできる唯一の神様です。ですから、真の神様だけに従って救いを得られるように、神様は最も重要な第一の掟として『(唯一あなたを救い出すことのできる)わたしをおいてほかに(無力な)神があってはならない(仕えてはならない)』という戒めを下さったのです。永遠なる天国に行くためには、永遠なる命を持っておられる不滅の神様に必ず最後まで従っていかなければなりません。ではどうすれば、私たちを救う能力のない他の神々ではなく、生も死も司られる真の神様だけに仕えることができるでしょうか?

他の神々を滅ぼし、真の神様に仕える方法は、過越祭

その答えがまさに、過越祭を守ることです。

出エジプト記 12章11~12節 ・・・これが主の過越である。その夜、わたしはエジプトの国を巡り、人であれ、家畜であれ、エジプトの国のすべての初子を撃つ。また、エジプトのすべての神々に裁きを行う。わたしは主である。

神様は、過越の日(過越祭)を神様以外のすべての神々に裁きを行う日として定められました。神様が他の神々を裁かれれば、誰だけが残るでしょうか?真の神様だけです。そうなってはじめて、他の神々に仕えることなく神様だけに仕えることができるようになります。ですから、過越祭を守れば、他の神が滅ぼされ神様だけに仕えるようになるので、第一の戒めを守ることができるのです。しかし、過越祭を守らなければ、自分も知らない間に他の神々に仕えるようになり、第一の戒めを犯すことになってしまいます。

過越祭の権能で他の神々を滅ぼした歴史

この事実について、旧約のイスラエルの歴史の中で確認してみます。

1.ヨシヤ王

列王記下23章3~4、21~24節 それから王は柱の傍らに立って、主の御前で契約を結び、主に従って歩み、心を尽くし、魂を尽くして主の戒めと定めと掟を守り、この書に記されているこの契約の言葉を実行することを誓った。民も皆、この契約に加わった。王は大祭司ヒルキヤと次席祭司たち、入り口を守る者たちに命じて、主の神殿からバアルやアシェラや天の万象のために造られた祭具類をすべて運び出させた。・・・焼き払わせ、その灰をベテルに持って行かせた。・・・王はすべての民に命じて言った。「この契約の書に記されているとおり、あなたたちの神、主の過越祭を祝え。」士師たちがイスラエルを治めていた時代からこの方、イスラエルの王、ユダの王の時代を通じて、このような過越祭が祝われることはなかった。ヨシヤ王の治世第十八年に、エルサレムでこの主の過越祭が祝われた。ヨシヤはまた口寄せ、霊媒、テラフィム、偶像、ユダの地とエルサレムに見られる憎むべきものを一掃した。こうして彼は祭司ヒルキヤが主の神殿で見つけた書に記されている律法の言葉を実行した。

書に記されている契約(過越祭)を悟る前と、悟った後では、ヨシヤ王の霊的な信仰の世界が一変しています。ヨシヤ王もそれまで自分なりには神様を信じていましたし、神様の御心どおりに生きようと努力していましたが、即位後18年もの間、神殿の中にある各種の神々が忌まわしい偶像であることに気づかず、父祖マナセが築いた祭壇と偶像に仕えていました。しかし、過越祭を悟るや否や霊の目が開いて、聖なる神様の神殿があらゆる汚れた悪霊の住みかになっていることが分かり、直ちにそれらを破壊し、町々にある偶像と口寄せまで一掃したのです。

2.ヒゼキヤ王

歴代誌下 30章1~5節 ヒゼキヤはすべてのイスラエルとユダに使者を遣わし、またエフライムとマナセには書簡を送り、エルサレムの主の神殿に来てイスラエルの神、主のために過越祭を行うように呼びかけた。・・・彼らはそれを実行に移し、ベエル・シェバからダンに至るまですべてのイスラエルに通知を送り、皆がエルサレムに来て、イスラエルの神、主のために過越祭を行うように呼びかけた。規定どおりにその祭りを行っている者は多くなかったからである。

歴代誌下 31章1節 このようなことがすべて終わると、そこにいたすべてのイスラエル人はユダの町々に出かけて、石柱を砕き、アシェラ像を切り倒し、聖なる高台と祭壇を破壊し、ユダ全土、ベニヤミン、エフライム、マナセからそれらを徹底的に除き去った。こうしてイスラエルの人々は皆、それぞれ自分の町、自分の所有地に帰って行った。

ヒゼキヤ王も、過越祭を守った後、霊的な目が開かれ、ユダのすべての町々にある偶像をすべて破壊し、取り除きました。いつの時代も過越祭を悟って守れば、神様以外の他の神々が滅ぼされ、唯一なる真の神様のみに仕えることができるようになりました。その結果、掟の中でも最も重要な第一の掟を全うすることができるようになりました。言い換えれば、第一の掟を守る方法は過越祭以外には存在しないのです。霊的世界を正しく見ることのできない人間の能力や知恵では、決して真の神様のみに仕えることはできません。

第一の掟を全うする新しい契約の過越祭

このような過越祭の権能は、旧約時代だけに限られたものではありません。

出エジプト記 12章14節 ・・・この日(過越祭)を主の祭りとして祝い、代々にわたって守るべき不変の定めとして祝わねばならない。

「不変の定めとして祝わねばならない」と命じられたように、過越祭は、現代においても有効な神様の祭りです。しかし、私たちが守るべき過越祭は、新約時代に救い主として来られたイエス様が立てられた新しい契約の過越祭です。

ヘブライ人への手紙 10章1節 いったい、(旧約の)律法には、やがて来る良いことの影があるばかりで、そのものの実体はありません。

旧約の歴史は新約に対する写しと影であり、実体は新約時代に登場します。写しである旧約時代の過越祭を守った時、他の神々が裁かれて、神様だけに仕えることができた歴史は、実体である新約時代の新しい契約過越祭を守った時、他の神々が裁かれて第一の掟を完全に守ることができることを預言として見せています。

過越祭を棄てた多くの教会

今日、神様を信じる教会は数多く存在しています。しかし、私たち神様の教会以外では過越祭を守っていないのが実状です。これまで調べてみたように、たとえ口先でいくら神様を信じていると言ったとしても、過越祭を守らなければ必ず他の神々が神殿内(教会内)に入り込んで来ることになります。

事実、過越祭を守らない教会では、太陽神教の聖日である日曜日に礼拝をささげたり、太陽神の誕生日であるクリスマスを祝っているではありませんか。神様の神殿内(教会内)で他の神々に仕えるという預言がそのまま成就されています。神様は、出エジプトやヨシヤ王、ヒゼキヤ王の歴史を通して、神様以外の神々は必ず裁きを受けることを知らせてくださいました。滅ぼされる神々に従う人たちも同様に、結局は神様の救いを受けることができずに、その神々と同じように裁きの対象になるでしょう。ですから、第一の掟を完全に守る教会、つまり新しい契約過越祭を守る教会に行かなければなりません。過越祭は、神様に正しく従っている教会であるかどうかを見分けることができる真理です。真の神様のみに正しく仕える教会で、共に救いを受けましょう。

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