なぜ、神様は聖書を人類に与えられたのか?

なぜ、神様は聖書を人類に与えられたのか?

聖書は全世界で一番多く読まれている本です。しかし、聖書を読む目的を正しく理解している人はごくわずかであり、殆どの人は、教訓書として、または歴史的書物としてなど、本来の目的ではない別の目的で読んでいます。どんな書物でも、それを記録した著者の意図があります。では、聖書は誰の考えで、何のために記録されたのでしょうか?

聖書の真の著者は神様

・・・どうかこの預言の言葉に留意していてください。何よりもまず心得てほしいのは、聖書の預言は何一つ、自分勝手に解釈すべきではないということです。なぜなら、預言は、決して人間の意志に基づいて語られたのではなく、人々が聖霊に導かれて神からの言葉を語ったものだからです。

ペトロの手紙Ⅱ 1章19-21節

聖書は、確かに人間の手によって記録されました。しかし、人間の意志や考えによって記録された書物ではなく、「神の言葉」という言葉が3800カ所以上も登場する神様の御言葉が綴られた書物です。ですから、聖書の真の著者は神様です。

では、神様が、わざわざ1600年という長い歳月をかけて、36人の預言者を選び、聖書を記録させられた理由は何でしょうか?

聖書は救い主へと導く書物

一言で言えば、人類を救うためです。死ぬしかない人類にとって救いとは、永遠の命であり、天国です。天国への指針書として、この聖書という書物を下さいました。しかしながら、聖書という書物が、私たちに永遠の命を与え、救いを与えることはできません。聖書の中に証しされた救い主、つまり永遠の命を賜るキリストを知らせること、これが聖書を下さった最大の目的です。

なぜなら、私たちの救いは、救い主を通してのみ与えられるものだからです。

あなたたちは聖書の中に永遠の命があると考えて聖書を研究している。ところが、聖書はわたし(キリスト=救い主)について証しするものだ。それなのに、あなたたちは、命を得るためにわたしのところへ来ようとしない。

ヨハネによる福音書 5章39-40節

・・・神の秘められた計画であるキリストを悟るようになるためです。

コロサイの信徒への手紙 2章2節

聖書の秘密は、キリスト、私たちを救ってくださる救い主、つまり人の姿で来られる神様です。だから、聖書を正しく解釈できれば、どなたがキリストなのか悟ることができます。否、むしろ、聖書でしかキリストを見つけることができません。

では、私たちが救いを受けるためには何が必要でしょうか?「神様を信じています。」「愛しています。」と心で思い、言葉で表現すれば救われるのでしょうか?神様に対する正しい知識が必要です。本当に救ってくださる神様、真の救い主がどなたなのかを正しく悟らなければなりません。

救いは、救ってくださる救い主、キリストの元に行ってこそ初めて受けるものだからです。

イエス様も使徒たちも聖書でキリストを証しした

では、2000年前人の姿で来られた神様、イエス様はご自身がキリストだとどのように証しされたのでしょうか?

そこで、イエスは言われた。「ああ、物分かりが悪く、心が鈍く預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち、メシアはこういう苦しみを受けて、栄光に入るはずだったのではないか。」そして、モーセとすべての預言者から始めて、聖書全体にわたり、御自分について書かれていることを説明された。

ルカによる福音書 24章25-27章

聖書は、神様の救いの計画書です。どのように人類を救われるのか、また人の姿で救いに来られた時、いつ、どこに生まれて、どのような人生を歩まれるのか、イエス様としてお生まれになる数百年前に、預言者を通してお知らせになりました。ですから、聖書の預言を、今、御自身が実際に成し遂げられていることを通して、イエス様が聖書に預言された救い主、神様だと証しされたのです。

しかしながら、イエス様初臨の時、聖書に精通し、エホバ神様を信じていた宗教指導者たちが、率先してイエス様を排斥し、十字架にまでかけてしまいました。多くのユダヤ人が、人の姿で来られた神様につまずいた歴史を考えてみると、キリストを悟ることは非常に難しい問題だと言えます。

では、多くのユダヤ人がつまずく中、キリストを見分け、救いを受けた初代教会の使徒たちは、どのようにキリストを見分け、証ししたのでしょうか。私たちも、彼らの知恵を学ばなければなりません。

パウロはいつものように、ユダヤ人の集まっているところへ入っていき、三回の安息日にわたって、聖書を引用して論じ合い、「メシアは必ず苦しみを受け、死者の中から復活することになっていた」と、また、「このメシアはわたしが伝えているイエスである」と説明し、論証した。

使徒言行録 17章2-3節

使徒パウロは、イエス様がキリストであることを何で証ししたのでしょうか?聖書の預言です。「数百年前から預言されていたメシア(キリスト)についての預言を、イエス様が成し遂げられた。だから、イエス様こそ、救い主である」と大胆に証ししたのです。

そこで、フィリポは口を開き、聖書のこの個所から説きおこして、イエスについて福音を告げ知らせた。

使徒言行録 8章35節

フィリポの場合も、聖書でキリストを証ししました。この時、宦官が読んでいた使徒言行録8章32-33節にあるイザヤ書の預言が、イエス様によって成就されたことを説明しながら、イエス様こそ救い主であることを堂々と伝えたのです。

このように、使徒たちもイエス様同様、聖書を通して、救いに来られたキリストを証ししました。なぜなら、聖書以外の方法では、キリストを見分けることができないからです。裏を返せば、聖書を心の底から信じ、預言を信じる者たちであれば、必ずその中に隠されたキリストを悟ることができます。

私たちは、神様が人類に聖書を下さった目的を正しく悟り、聖書の中に預言された救い主を受け入れなければなりません。聖書をよく知っていると自負していながら、むしろイエス様を排斥した2000年前の宗教指導者たちのような過ちを繰り返さず、固定観念を捨てて、純粋で謙遜な心で聖書の御言葉を探求し、この時代に登場なさる最後の救い主を受け入れなければなりません。

聖書が証しする聖霊時代の救い主は、“霊”と花嫁

では、今日、私たちを救ってくださる救い主はどなたでしょうか?初臨のイエス様でしょうか?

現在、私たちは聖霊時代に生きています。聖霊時代の救い主についての重要な預言を見てみましょう。

 

“霊”と花嫁とが言う。「来てください。」これを聞く者も言うがよい、「来てください」と。渇いている者は来るがよい。命の水が欲しい者は、価なしに飲むがよい

ヨハネの黙示録 22章17節

この時代には、命の水、つまり、魂の命を下さる方は“霊”と花嫁です。“霊”であられる聖霊神様、つまり再臨キリストと、また共に登場なさる花嫁の元に行ってこそ、信仰の目的である永遠の命、天国を受けることができます。聖書に隠された秘密の中の秘密、キリストであられる“霊”と花嫁に出会い、受け入れて、一緒に救いを受けましょう。

“霊”と花嫁は、神様の教会で命の水を配っておられます。