イエス様は神様でしょうか?神様の子どもでしょうか?

2026-07-23

「イエス様は、神様でしょうか?それとも、神様の子どもでしょうか?」

神様を信じる人にとっても、聖書を研究する者にとっても、これは難解な論題です。聖書を読んだことのある人なら、聖書の内容を理解することは容易くない、と知っているはずです。今日、様々な解釈や情報が錯綜して、人々は神様を正しく認識できずにいます。イエス様についての問題を、聖三位一体を通して解決してみましょう。

聖三位一体という言葉は実際には聖書に出てきませんが、キリスト教の根本をなす概念であり、多くのキリスト教宗派が持つ教理です。しかしながら、その解釈は教会ごとに様々です。本来の聖三位一体とは、聖父・聖子・聖霊は三人の別々の神様ではなく、お一人の神様であるという教えです。

イエス様は神様なのでしょうか?

一般的に神様と言えば、万物を創造された主「エホバ」を指します。イエス様は神様なのか?これは、エホバ神様なのか?と言う意味です。正解は、イエス様はエホバ神様です。聖書全体を通して、聖子イエス様は聖父エホバ神様御自身であることが証しされています。

ヨハネの手紙一 5章20節 わたしたちは知っています。神の子が来て、真実な方を知る力を与えてくださいました。わたしたちは真実な方の内に、その御子イエス・キリストの内にいるのです。この方こそ、真実の神、永遠の命です。

イエス様は永遠の命の源である真の神様(創造主エホバ)です。イエス様こそ真実の神様だと言われたら、それ以上、弁論の余地はないでしょう。この事実を悟った、使徒パウロの記録を見てみましょう。

フィリピの信徒への手紙 2章5〜8節 ・・・キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。

ローマの信徒への手紙 9章5節 先祖たちも彼らのものであり、肉によればキリストも彼らから出られたのです。キリストは、万物の上におられる、永遠にほめたたえられる神、アーメン。

イエス様は肉体をまとわれたエホバ神様です。前述したように、聖三位一体はキリスト教の核となる教えですが、多くの教会では未だこの疑問を解決できずにいます。父、子、聖霊は一つの存在だと言いながらも、三人の神様として存在されると言う矛盾した考えに陥っています。しかし、聖書には完全にお一人の父なる神様だと証しされています。

旧約時代から既に、エホバ神様はひとりのみどりごとしてお生まれになると明らかに預言されていました。

イザヤ書 9章5節 ひとりのみどりごがわたしたちのために生まれた。ひとりの男の子がわたしたちに与えられた。権威が彼の肩にある。その名は、「驚くべき指導者、力ある神/永遠の父、平和の君」と唱えられる。

この預言をイエス様が成就されたことは世界共通の認識です。では、イエス様についてどんな称号が使われていますか?イエス様は、すべての権能をお持ちの父なる神様です。使徒ヨハネは、彼が記録した福音書にイエス様のことを、創造主であられると教えています。

ヨハネによる福音書 1章1〜3節 初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は、初めに神と共にあった。万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。

万物はエホバ神様がおひとりで造られました(イザ44:24)。ですから、ヨハネによる福音書の「言」とは聖父エホバ神様です。言はどんな姿で来られたのでしょうか?

ヨハネによる福音書 1章14節 言(エホバ)は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。

創造主なる神様が肉体をまとわれ、わたしたちの間に宿られるようになったため、『「言」が肉となった』と記録されました。言=創造主エホバ=イエス様です。このように、旧約聖書にも新約聖書にも一貫して、聖父エホバと聖子イエス様はお一人の神様であると証しされています。

イエス様は神様の子なのでしょうか?

次に、「イエス様は神様の御子である」という教えについて、明確な答えを探してみましょう。

ヨハネの黙示録 1章8節 神である主、今おられ、かつておられ、やがて来られる方、全能者がこう言われる。「わたし(エホバ)はアルファであり、オメガである。」

ヨハネの黙示録 22章13〜16節 わたしはアルファであり、オメガである。最初の者にして、最後の者。初めであり、終わりである。・・・わたし、イエスは・・・。

エホバ神様はアルファとオメガ(初めと終わりと言う意味)であり、イエス様もアルファとオメガ、つまり初めと終わりだと言われたので、エホバ神様とイエス様は同じお一人の方であることに間違いありません。仮に、イエス様が神様の子どもであれば、エホバ神様が先であり、イエス様は後に創造されたことになります。エホバ神様もイエス様も初めだと言われた御言葉は、同じお一人の神様であってこそ成立するのです。イエス様は御自分を神様の子だと表現されはしましたが、実際は神様の子ではありません。神様の子たちがどのような信仰の道を歩むべきか模範を示すために、神様の子としての立場を実演してみせてくださった父なる神様です(ヨハ13:15)。エホバ神様とイエス様の同一性は、イエス様の名前にも表れています。

イザヤ書 7章14節 それゆえ、わたしの主が御自ら/あなたたちにしるしを与えられる。見よ、おとめが身ごもって、男の子を産み/その名をインマヌエルと呼ぶ。

マタイによる福音書 1章23節 「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」この名は、「神は我々と共におられる」という意味である。

神様は全能で、全宇宙を満たしておられるため(王上8:27)、霊の姿ではいつも私たちと共におられます(マタ28:18‐20)。それにも関わらず、敢えてイエス様に対してインマヌエル「神は我々と共におられる」と預言された理由は何でしょうか?神様が人の姿で民と共におられるからです。この事実を悟った初代教会の聖徒たちは、イエス様を人の姿で来られた神様として受け入れ従うことで、救いという栄光にあずかりました。

以上、聖三位一体の中でも聖父エホバと聖子イエスの関係について調べてみました。イエス様に対する疑問は解けましたか?

「イエス様は神様の子どもではなく、神様です。」

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