真の救い主の名で祈ろう
2026-09-17
人は困難な状況に陥ったときや、目的の達成を願うとき、神仏にすがり、祈ることがあります。「神頼み」という単語もあるくらい、祈りとは神様を信じない人でも、普段から何気なくささげているものです。では、その祈りは真の神様に届いているのでしょうか、これが重要な問題です。神様に祈りを届けるためには、神様の名前を呼ばなければなりません。神様の名前は、例えるなら電話番号です。電話をかける時、番号が使用されていなければ、「この番号は現在使われておりません」というアナウンスが聞こえ、通話ができません。祈りも同じです。神様が現在使用されている霊的な電話番号である、神様の名前が必要です。
では、神様が今の時代に使われる名前は何でしょうか?各時代ごとに調べてみましょう。
聖父時代の祈り
詩編116編4節 主の御名をわたしは呼ぶ。「どうか主よ、わたしの魂をお救いください。」
詩編116編4節、文語訳 その時われヱホバの名をよべり ヱホバよ願くはわが霊魂をすくひたまへと
聖父時代に、ダビデが祈りをささげる場面です。ダビデはどのような名前によって祈りをささげましたか?エホバという名前です。では、なぜエホバ神様によって祈ったのでしょうか?それは聖父時代の救い主の名がエホバ神様だったからです。
イザヤ書43章11節、文語訳 ただ我のみ我はヱホバなり われの外にすくふ者あることなし
聖父時代の救い主はエホバ神様です。そのため、ダビデはエホバという名前によって祈りをささげました。
では、時代が変わってもエホバ神様へと祈るのでしょうか?
聖子時代の祈り
聖子時代には、イエス様が御自ら祈りについて教えてくださいました。
ヨハネによる福音書16章24節 今までは、あなたがたはわたしの名によっては何も願わなかった。願いなさい。そうすれば与えられ、あなたがたは喜びで満たされる。」
「今まではわたしの名によっては何も願わなかった」とは、以前は別の名前で祈りをささげたという意味です。ではどのような名によって祈っていましたか?聖父エホバの名前です。しかしイエス様は、今からはわたしの名によって祈りなさいと言われました。なぜそのように言われたのでしょうか?イエスという名こそが聖子時代の救い主の名だからです。
使徒言行録4章11節 この方(=イエス様)こそ、/『あなたがた家を建てる者に捨てられたが、/隅の親石となった石』/です。ほかのだれによっても、救いは得られません。わたしたちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていないのです。」
聖子時代の救い主の名は何でしょうか?イエス様の名以外、救われるべき名は与えられていないと言われたため、イエス様が聖子時代の救い主の名でした。
聖霊時代の祈り
聖父時代、聖子時代が去り、今は聖霊時代です。聖父時代も聖子時代も各時代の救い主の名前によって祈りました。ならば聖霊時代も同じく、聖霊時代の救い主の名前によって祈るべきではありませんか?
聖霊時代の救い主の名前は何でしょうか。
ヨハネの黙示録3章12節 勝利を得る者を、わたしの神の神殿の柱にしよう。彼はもう決して外へ出ることはない。わたしはその者の上に、わたしの神の名と、わたしの神の都、すなわち、神のもとから出て天から下って来る新しいエルサレムの名、そして、わたしの新しい名を書き記そう。
ヨハネの黙示録2章17節 耳ある者は、“霊”が諸教会に告げることを聞くがよい。勝利を得る者には隠されていたマンナを与えよう。また、白い小石を与えよう。その小石には、これを受ける者のほかにはだれにも分からぬ新しい名が記されている。」』
勝利を得る者には「わたし」の新しい名を書き記すと言われました。この「わたし」はイエス様です。霊的な勝利である救いを受ける者は、イエス様の新しい名を知る者です。また、新しい名が記された小石を与えると言われましたが、石は新約聖書でイエス様を表します(一ペト2:4)。つまり、石に記された新しい名も、イエス様の新しい名です。
聖子時代の救い主であられたイエス様の新しい名、これが聖霊時代の救い主の名です。聖霊時代を生きる私たちは、新しい名によって祈りを捧げてこそ、正しく神様に祈りが届きます。
神様の名前を知るには
「新しい名」が聖霊時代の救い主の名前です。では、この新しい名はどうすれば知ることができるのでしょうか?神様は聖書が御自身を証しする本であると教えてくださいました(ヨハ5:39)。新しい名を知るためには、必ず聖書を調べなければなりません。聖書を詳しく調べれば、様々な預言を通して、聖霊時代の救い主の名が「安商洪」神様だと確信することができます。今の救い主の名前を知って、真の救い主の名前によって祈ってみませんか?