預言の主人公になりましょう

2026-09-30

平凡な暮らしをしていた少年が、ひょんなことから主人公となって成長していく物語があります。

物話の主人公は、それまでの生活からは考えられなかった試練やハプニングに遭い、戸惑い、苦悩します。けれど、彼は、どんな問題にも勇気をもって必ず切り抜けます。そうして、すべての目的を達成した彼の活躍をつぶさに見ていた私たちは、爽快なラストに、晴れやかな気持ちになる。そんな覚えはありませんか。物語の多くは大団円を迎えることを知っているので、主人公が危機的状況に陥ったとき、私たちは、ハラハラしながらも、どのように乗り越えるのか、その先を心待ちにして楽しみます。

「もし私がこの物語の主人公だったら……」

考えたことありませんか。実は、私たちは、聖書の物語の主人公なのです。さあ、これから預言の旅に出かけましょう。

預言の主人公、キュロス

自分の業績が、すでに聖書に記録されていた人がいました。それは、歴史に名を残す人物、ペルシアのキュロス王です。キュロスは、預言の主人公として巨大帝国バビロンを倒し、バビロンの捕虜となっていたイスラエル民族を解放しました。大きな川に囲まれた巨大帝国バビロンを倒すことは、簡単なことではありませんでした。けれど、これは、神様が聖書にあらかじめ記録された、確定事項だったのです。

イザヤ書 45章1〜5節 主が油を注がれた人キュロスについて/主はこう言われる。わたしは彼の右の手を固く取り/国々を彼に従わせ、王たちの武装を解かせる。扉は彼の前に開かれ/どの城門も閉ざされることはない。わたしはあなたの前を行き、山々を平らにし/青銅の扉を破り、鉄のかんぬきを折り/暗闇に置かれた宝、隠された富をあなたに与える。あなたは知るようになる/わたしは主、あなたの名を呼ぶ者/イスラエルの神である、と。・・・わたしはあなたに力を与えたが /あなたは知らなかった。

イザヤ書は、キュロスがバビロンを制圧するよりはるか昔、約170年前に書かれたものです。キュロスはバビロンにあったイザヤ書を手にし、開いてみました。その古い巻物には確かにキュロスの名前と、国々を従わせることが預言されていました。そう、彼は、預言の主人公となるべく神様に呼ばれたのです。

そこには彼の業績が、聖書の神様、エホバ神様によってもたらされた祝福であることが明かされていました。そして、その後、彼が行うべきことまでもが、すでに書かれていました。

イザヤ書 45章13節 わたしは正義によって彼を奮い立たせ/その行く道をすべてまっすぐにする。彼はわたしの都を再建し/わたしの捕らわれ人を釈放し/報酬も賄賂も求めない。万軍の主はこう言われた。

キュロスは主人公として、預言に従い、バビロンに囚われていたイスラエル民族を解放し、エルサレム神殿建築を命じました。

エズラ記 1章1〜3節 ペルシアの王キュロスの第一年のことである。主はかつてエレミヤの口によって約束されたことを成就するため、ペルシアの王キュロスの心を動かされた。キュロスは文書にも記して、国中に次のような布告を行き渡らせた。「ペルシアの王キュロスはこう言う。天にいます神、主は、地上のすべての国をわたしに賜った。この主がユダのエルサレムに御自分の神殿を建てることをわたしに命じられた。あなたたちの中で主の民に属する者はだれでも、エルサレムにいますイスラエルの神、主の神殿を建てるために、ユダのエルサレムに上って行くがよい。神が共にいてくださるように。

キュロスが、イザヤ書に書かれたことをそのとおり実行した理由は、ただ一つ。キュロス自身への、祝福の御言葉だと悟ったからです。

ローマの信徒への手紙 15章4節 かつて書かれた事柄は、すべてわたしたちを教え導くためのものです。それでわたしたちは、聖書から忍耐と慰めを学んで希望を持ち続けることができるのです。

私たちもキュロスのように、預言の主人公として、預言されたその道を歩めば、必ず祝福を受けることができるのです。

預言の道を歩まれた、イエス様

イエス様は、誕生から亡くなられるまでの人生を、聖書に預言されたとおりに、すべて従順に歩まれました。

フィリピの信徒への手紙 2章5〜9節 互いにこのことを心がけなさい。それはキリスト・イエスにもみられるものです。キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。このため、神はキリストを高く上げ、あらゆる名にまさる名をお与えになりました。

神様であられるイエス様は、なぜ、生涯のすべてを預言のとおりに歩まれたのでしょうか。

ヨハネによる福音書 13章15節 わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするようにと、模範を示したのである。

それは、預言に従う模範を示されるためでした。私たちもイエス様と同じように、預言の主人公としての生涯を歩めば、祝福を受け、天国に入ることができるのです。

終わりの時代の主人公

聖書の預言は、終わりの時代を生きる私たちのために記録されました。

コリントの信徒への手紙一 10章11節 ・・・それが書き伝えられているのは、時の終わりに直面しているわたしたちに警告するためなのです。

キュロスが預言に従ったように、イエス様が模範を示されたように、私たちも預言を知り、その道に従うことで、預言の主人公としての勝利を得ることができます。

では、どんな預言が待っているのでしょう。

ヨハネの黙示録 12章17節 竜は女に対して激しく怒り、その子孫の残りの者たち、すなわち、神の掟を守り、イエスの証しを守りとおしている者たちと戦おうとして出て行った。

終わりの時代を生きる私たちにとって、竜(サタン)との霊的な大闘争は避けることができません。主人公としてこの戦いに勝利する術は何でしょうか。それは、サタンがどんな妨害を仕掛けたとしても、決して屈せず、神様の掟を守り続けることです。

神様は、サタンとの戦いに必要な武具をすべて備えてくださいます。

エフェソの信徒への手紙 6章11〜17節 悪魔の策略に対抗して立つことができるように、神の武具を身に着けなさい。・・・真理を帯として腰に締め、正義を胸当てとして着け、平和の福音を告げる準備を履物としなさい。なおその上に、信仰を盾として取りなさい。それによって、悪い者の放つ火の矢をことごとく消すことができるのです。また、救いを兜としてかぶり、霊の剣、すなわち神の言葉を取りなさい。

苦難やハプニングが訪れたとしても、神様は、預言に従う者に勝利を授けてくださるでしょう。そうして、すべての戦いを勝ち終えた主人公は、神様とともに天国に帰りハッピーエンドを迎えます。これは、聖書の預言を信じ従った者だけが受ける祝福です。

さぁ、真理の腰帯・正義の胸当て・福音の履物・信仰の盾・救いの兜。そして、神様の剣を手にし、あなたも聖書の物語を描きましょう。

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